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東京地方裁判所八王子支部 昭和30年(ワ)105号 判決

原告 岡本幸子 外一名

被告 川島嘉十郎 外二名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一、請求並びに答弁の趣旨

原告ら訴訟代理人は、「原告岡本に対し、被告川島は別紙目録の一の建物の北側の一戸から、被告三浦は同建物の南側の一戸から、それぞれ退去して、各その敷地たる土地を明け渡すべし。原告芝田に対し、被告翠川は同目録の二の建物の西側の一戸から退去して、その敷地たる土地を明け渡すべし。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

二、事実上の陳述

原告ら訴訟代理人の陳述

(一)  請求の原因

別紙目録記載の一の建物の敷地は原告岡本の所有であり、同目録記載の二の建物の敷地は原告芝田の所有なるところ、被告川島は訴外須崎順平の所有なる右一の建物の北側の一戸に、被告三浦はその南側の一戸に居住して、それぞれその敷地たる部分の土地を占有し、被告翠川は右須崎の所有なる右二の建物の西側の一戸に居住して、その敷地たる部分の土地を占有し、よつて原告らの土地所有権を侵害しているので、原告らは右所有権に基ずき被告らの占有土地の明渡を求める。

(二)  抗弁に対する答弁、再抗弁並びに再々抗弁に対する認否

原告らがそれぞれ本件土地を建物所有の目的で須崎順平に賃貸し来り、被告らは右地上に須崎の所有する建物のうち現在被告らの占有する部分を賃借し来り、現に賃借占有中であることは認める。しかし土地については原告らと被告らとの間に契約その他法規によるつながりはないのであるから、被告らには原告らに対して主張し得べき土地使用権はない筈である。

仮りに被告らに須崎の土地使用権に関連しての土地使用権があるとしても、原告らと須崎との間の各土地賃貸借契約については、昭和二九年六月一一日立川簡易裁判所において原告らと須崎との間に右賃貸借契約を同日当事者合意の上解除し、須崎は原告らに対し昭和三一年六月末日限り地上建物を収去して土地を明け渡すべき旨の調停が成立し(原告岡本と須崎間の昭和二九年(ユ)第三三号、原告芝田と須崎間の同年(ユ)第三四号各調停事件)、ここに原告らと須崎との間の土地賃貸借契約は終了し須崎の土地使用権は消滅したのであるから、被告らの土地使用権なるものの存続するいわれはない。

なお被告らの、右調停における合意が任意性なき無効のものであるとの主張並びに本件明渡請求が権利の濫用であるとの主張はいずれも否認する。

被告ら訴訟代理人の陳述

(一)  請求原因に対する答弁並びに抗弁

被告らの土地占有が原告らの土地所有権の侵害となる旨の主張を除き、原告らの請求原因とする事実関係は認める。

しかし、原告らはその所有の本件土地を建物所有の目的を以て須崎順平に賃貸し来つたのであり、土地賃借人たる右須崎は借地上に別紙目録一、二の建物を所有し、被告らは建物所有者たる須崎から原告ら主張の建物部分を適法に賃借してこれに居住し、この建物賃貸借は現に存続中であるから、被告らは建物賃借人として建物敷地についての使用権を敷地所有者に対抗し得べきである。

(二)  再抗弁に対する答弁並びに再々抗弁

原告ら主張の日、その主張の如く、原告らと須崎との間に土地賃貸借を当事者合意の上解除する旨の調停が成立したことは認める。しかし右土地賃貸借の解除は被告らに対し効力を及ぼすに由なきものである。

仮りに、右調停における賃貸借解除の合意が被告らに対してその効力を及ぼすべきものとするも、右合意は須崎において十分納得した上で任意にしたものではないのであるから、任意性を欠く合意であつて無効である。

仮りに以上の主張が容れられないとするも原告らの本訴請求はいわゆる権利の濫用であつて排斥さるべきである。すなわち、原告らは土地を買い取るだけの経済的地位にあるのに、被告らは家族をかかえて本件各賃借建物で生活するものであつて、住宅払底の現在住家を追われるならば生活上の苦難に遭遇すること明らかであるからである。

三、証拠

原告ら訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、証人須崎順平(第一回)、岡本よし、芝田タケの各証云を援用し、乙号各証の成立は不知である、と答え、被告ら訴訟代理人は、乙第一号証の一ないし三、第二ないし第七号証を提出し、証人須崎順平(第二、三回)の証云及び被告三名の各本人尋問の結果を援用し、甲第一、二号証の成立は認めるが、甲第三、四号証の成立は不知である、と答えた。

理由

別紙目録記載の一の建物の敷地は原告岡本の、同二の建物の敷地は原告芝田の各所有であり、被告川島は訴外須崎順平の所有なる右一の建物の北側の一戸に、被告三浦はその南側の一戸に居住し、また被告翠川は須崎の所有なる右二の建物の西側の一戸に居住し、以てそれぞれその敷地たる原告らの所有地を占有していること、そしてまた原告らは右土地を建物所有の目的で須崎に賃貸した関係にあつて、須崎は右借地上に右一、二の建物を所有しており、被告らは建物所有者たる須崎から右各建物部分を賃借してこれに居住しているのであり、建物を占有、使用する結果、建物の使用に必要な敷地たる土地を占有しているものであることは、当事者間に争がない。

ところで原告らは、右の関係の下で被告らに建物敷地たる土地について原告らに対抗し得べき使用権がない旨主張するので、この点につき判断すべく、賃借地上の建物の賃借人の敷地使用権なるものについて考える。

この場合土地所有者と建物賃借人との間に直接の契約上の法律関係なるものは存しない。しかし建物賃借人としては、建物に居住するためその敷地を占有、使用することになるのは当然のことであり、そしてこの敷地の占有、使用は、建物所有者が土地賃借人として有する借地権に由来する効力の故に適法とされるのである。すなわち、建物所有のための土地賃貸借にあつては、土地賃借人が賃借地上に建物を所有してこれを他人に賃貸し、建物の賃借人をして敷地を占有使用させることは、土地賃借権の内容をなすものであつて、土地所有者はこのことを承認して契約内容としたものと見るべきが一般であり、そしてまた賃借地上の建物の賃貸借にあつては、その賃貸人、賃借人は右のような土地賃貸借の内容から来る効力を、享受させ、享受する意思を以て建物の賃貸借をしたものと見るべきだからである。要するに、賃借地上の建物の賃借人は、その敷地の所有者との間において直接の契約関係に立つのではないが、敷地の占有、使用が適法であることを主張し得るのである。(なおこのことは、当初から建物所有の目的を以て土地賃貸借がなされた場合たると、すでにかかる目的で賃貸されている土地を取得し、その賃貸借を承継した場合たるとにかかわりなくいえること、勿論である。)

そうすると本件当事者間に争なき前記の如き事実関係の下では、被告らの建物敷地の占有は、その適法なることを原告らに対し主張し得るものというべく、原告らのこの点の主張は採用できない。

次に原告らは、原告らと訴外須崎順平間の各土地賃貸借契約は昭和二九年六月一一日の調停において、同日当事者間で合意解除し、須崎は昭和三一年六月末日限り土地を明け渡すべきこととなつたのであるから、同人の土地使用権の消滅によつて、被告らのそれも消滅した旨主張し、原告ら主張の合意解除の事実は被告らの認めるところであるから、この点の原告らの主張の当否につき判断すべく、土地賃貸借の合意解除が、地上建物の賃借人の敷地使用権を当然消滅させるものであるか否かについて考える。

賃借地上の建物の賃借人の敷地使用権なるものが、土地賃貸人の、地上建物の賃借人をしてその敷地を占有使用させる旨の、土地賃借人に対する許容と、建物賃貸人、建物賃借人間の、この許容を享受させ、享受する意思を以てする建物の賃貸借契約とに基くものであることはさきに説示したとおりであつて、この建物賃借人の敷地使用権が右の如く建物賃貸人とその賃借人との法律行為に土地賃貸人の意思が加わつて形成されたものである点は、かの適法な土地転借人の土地使用権が、転貸人(賃借人)と転借人間の法律行為に賃貸人の意思が介入して形成されたのと軌を一にするといえる。して見ると後者の場合において土地転借人の地位の形成に協力した賃貸人及び転貸人(賃借人)はこの地位を保持する法律上の拘束を受けるものとなすのが信義則に合致し、土地転借人の権利は賃貸人と賃借人(転貸人)の土地賃貸借の合意解除によつては消滅しない(大審院昭和八年(オ)第一二四九号、昭和九年三月七日判決)、と解されるのと同様、前者においても建物賃借人の敷地使用権は敷地賃貸人と敷地賃借人(建物賃貸人)との土地賃貸借契約の合意解除によつては消滅しないものと解するのが正当である。

ここでは土地転借人の土地使用権なるものと建物賃借人の敷地使用権なるものとの各形成における法形式の差よりも、両者いずれも関係者の協力によつて形成されたという点における同一性に重きをおくべきものと考える。建物の賃貸借においては、実際上の必要がないからこそ、特に建物敷地の転貸借ということが行われないだけのことであつて、そこにはあだかも敷地の転貸借におけると実質上内容を同じくする関係者の意思の合致が存在すると見られるべき関係にあることからいつても、右の帰結は支持さるべきであろう。両者の法形式の差を重視し、建物賃借人の敷地使用権を、敷地賃借人(建物賃貸人)の借地権の単なる反射効に過ぎないものとして、右の借地権の消滅は常に当然建物賃借人の敷地使用権の消滅を来すとするあるいは伝統的な解釈理論は、当裁判所の採用しないところである。(以上のように解した場合、土地賃貸借の合意解除後における関係者間の法律関係がどうなるかを究明することは本件では必要がないのでここではこの点に立ち入らない。)

然らば、原告らと須崎との間になされた前記各土地賃貸借契約の合意解除は、被告らの建物敷地使用権を消滅せしめるに由なきものというべく、他に被告らの右使用権の消滅に関する主張、立証のない本件においては、他の争点に対する判断をなすまでもなく、被告らの建物敷地の占有は、右使用権に基く適法のものとなすべく、その無権原の占有なることを前提とする原告らの本訴請求は失当として棄却すべきである。よつて民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 古原勇雄)

目録

一、立川市曙町二丁目一七九番地所在

一、家屋番号甲一二四五番、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟、建坪一七坪五合(建坪は公簿上)

二、同所同番地の二所在

一、家屋番号甲九九三番、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟、建坪一〇坪(建坪は公簿上)

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